本田誠人×濱崎けい子対談
きっかけは「笑い」。でもそれだけじゃなく感動やメッセージも…
| 濱崎 | 本田さんが芝居に関わるきっかけは? |
| 本田 | はい。元々、高校時代に漫才やコントなどお笑いをやっていまして。今でこそお笑いブームですが、当時はまだ高校生でお笑いをやっているというのは全然いない中でやってたんですよ。演劇というよりはお笑い、ただのクラスの目立ちたがり屋でしたね。 |
| 濱崎 | 私はビデオ観ましたけど、今のお笑いの人達なんか目じゃない。とてもおもしろいの。最高です。 |
| 本田 | 当時『ダウンタウンの全九州お笑い選手権』という番組があって、それに宮崎代表で出たんですね。で、優勝してしまいまして。福岡の吉本に入る入らないのいろんな話があったんですけど、元々目立ちたがりで始めただけなので、それをそのまま職業に…って言うのは何か違うかねって相方と話して、高校三年生の時にお笑いはやめようと。相方は音楽の方に行きました。(※中尾諭介さん In the Soup ボーカル)で、僕も何かしら表現は続けたかったので、じゃあ何だろうって考えた時に、人を笑わすだけじゃなくて、感動があったり、ちょっとしたメッセージ的な物があったり…そしてそんな中に原点の笑いがある。ってなると演劇や映画だなって思って。で、人前でやるっていうライブ感がお笑いもそうですけど、元々好きだったんで。じゃあ映画じゃなくて演劇だって思ったんですね。でも延岡にいる頃に演劇なんて観た事もなかったので、東京に出て、舞台芸術学院と言う演劇の専門学校に入りました。 |
| 濱崎 | それが結局ペテカンをつくる元になっているわけですよね。 |
| 本田 | そうです。同期の男5人でペテカンを旗揚げしました。 |
| 濱崎 | じゃあそのいきさつを教えて下さい。 |
| 本田 | 元々仲が良かった男5人がいまして。卒業する時に、おもしろい劇団がなくて。ここに入りたいとか、こういうお芝居したいっていうのが正直なかったんですよ。でも芝居はしたい…。卒業したらどうしようかなって思ってる時に、濱田というヤツがいるんですけど、「おもしろい劇団がないなら、自分たちで作っちゃおうよ。」って声をかけられて。僕は元々お笑いで10分くらいのコント台本を書いたりしていたので、「書いて欲しいんだけど」ってなりまして。とりあえず一回やってみようよと。で、その時にはすでに劇場を押さえてて、他のメンバーも決まってて、あとはあんたが「うん」て言うだけよ。みたいな状態で。(笑) |
| 濱崎 | 濱田さんは本田さんの書ける才能を見抜いていたんだと思います。役者としての才能もそうだけど、やっぱりおもしろい本がなきゃどんなに役者さんがいても長続きしないしね。だから濱田さんが本田さんをがっしり捕まえたって言うのはすごくよくわかります。 |
| 本田 | で、とりあえず一回やってみようだったんですけど、やってみたら「あ、自分達でゼロから作るってこんなおもしろいんだ」って。 |
| 濱崎 | ああでもないこうでもないってね。 |
| 本田 | そう、その作業が本当におもしろくって。旗揚げの稽古の途中で僕の方から「次回いつやるの?」なんて言っちゃって。とりあえずの1回が、2回、3回、・・・10回となっていって。で、気づいたら13年目を迎えてるって感じですね。東京以外でも、ちゃんと他の地域でもつながるものがあるのがうれしい。 |
| 濱崎 | 『ペテカン』という名前の由来は何ですか? |
| 本田 | これはきっとみなさん気になると思うんですけど、もう何の意味もなくて。人が気にした時点で「よっしゃあ!」みたいな。ペリカン?じゃないのね、みたいな。劇団の名前に意味を付けたくなくて。『劇団炎の〜』ていう感じでつけると、「炎?きっと熱いお芝居するんだろうなぁ」ってやっぱイメージがあるじゃないですか。 |
| 濱崎 | 固定観念持たれちゃうもんね。 |
| 本田 | はい。何もなく観に来てもらいたいなと。 |
| 濱崎 | 私が本田さんを知ったのは、延岡の劇場の方からおもしろいのやってるよって聞いて。『ペテカン』の舞台を東京で観たんですけど、もうこんなおもしろい芝居って、びっくりしたの。私が考えている起承転結がある芝居っていうのじゃなくてオムニバス形式だったのよね。それで、東京で宮崎出身の人が活躍してるのにせめて宮崎の人には観て欲しい。本当は全国ツアーできればいいんだけど、そこまでは無理にしても、私は本当に宮崎に呼びたいと思ったの。で、2004年の宮崎市と延岡市での公演につながったんだけど、その時のふるさとでの公演の印象は? |
| 本田 | すごく感じたのは、やっぱり東京のお客さんて言うのは、見慣れていると言うか、ある意味ちょっとクールと言うか、笑うポイントで敢えて笑わなかったりするんですけど、本当宮崎のお客さんは素直に「おもしろいから笑う!」って感じで。 |
| 濱崎 | もうゲラゲラでしたもんね。前に座ってた子ども二人がずーっと笑ってたりして。 |
| 本田 | そこはやっぱり嬉しかったですね。東京を本拠地にやってはいますけど、ちゃんと他の地域でもつながるものがあるんだなって。ずっと地元宮崎でやりたいと思っていたので、宮崎のお客さんの反応がよかったっていうのは嬉しかったし、自信になりました。 |
| 濱崎 | 延岡でもね。 |
| 本田 | はい。延岡に至っては幕が開いた瞬間に割れんばかりの拍手で、それがもう恥ずかしくって。「いよっ!待ってました!」みたいな拍手になってましたからね。 |
| 濱崎 | そんなもんですよ。そんな優しさみたいなものは確かにありますね。それで、今回は地元演劇人との芝居づくりってことなんですけど、宮崎の劇団の芝居を観た事は? |
| 本田 | それがないんですよ。元々こっちにいる時に演劇に興味がなかったので、興味を持って出たのが東京だったので。 |
| 濱崎 | 定期的に東京で公演している『劇団こふく劇場』(都城市)は? |
| 本田 | いつも仕事と重なってて行けないんです。 |
| 濱崎 | 去年は演劇協会プロデュース公演で「エキスポ」(作・演出/中島淳彦)を公演したんだけど、中島淳彦さんや、井上隆志さんをはじめ、東京で活躍している宮崎出身の人との交流が出来て来ているから、宮崎の演劇界もそういうの大事にしたいと思っているし。本田さんの違う作品にも来て欲しい。もっと発展的に交流できると私たちの力になります。楽しみです。今回私が出られないのが悔しいーっ! |
| 本田 | ハハハ。宮崎の役者さんは、それぞれ色がちがうクレパスみたいでした。 |
| 濱崎 | ワークショップ1日目が終わったところですが、宮崎の役者の印象は? |
| 本田 | 本当に驚いたのが、みなさん個性的で、そして達者だなぁと。本当に思いましたね。 |
| 濱崎 | 私も本当に思います。最近の役者さんて本当に個性的だし、うまいんですよ。ただ時々残念なのが演出力が惜しいなぁっていうのが、時々ですけどあるんです。だから今回の本田さんの演出が本当に楽しみです。 |
| 本田 | 例えるなら、24色のクレパス買ったらちゃんとみんな色が違ったっていう。似たような感じの役者さんているじゃないですか。でも本当にみなさんそれぞれのカラーがあって、初日にして既にこれはキャスティング、悩みそうだな…っていう。嬉しい悩みになりそうです。 |
| 濱崎 | 楽しかったですよね。みんなリラックスしていて、本田さんはリラックスさせる才能があるんじゃないかなって。かみしも着ちゃったら役者って出来ないじゃないですか。どれだけリラックスできるか。ちゃんとしたものを出せるのは演出の力だと私は思うんですけど。いい配役ができるといいですね。 |
| 本田 | そうですね。楽しみです。 |
| 濱崎 | 今回の『茜色の窓から』っていう作品なんですが、この作品を書くきっかけになったことは? |
| 本田 | アルケミストというボーカルとピアノの男性二人組がいるんですけど、彼等が路上で歌っている所に偶然通りかかったんですね。で『茜色の窓から』という曲を聴いた時に「ズドーン」と、僕の中に稲妻で打たれた感覚みたいな物がありまして。何ていい歌なんだろうと思って、その時に「これで一本芝居書けるわ」って思ったんです。その路上ライブの時にすぐ話しかけたんですよ。そしたら何とそのボーカルの彼が同じ宮崎出身で、そこでもつながって、年齢的にも近くて。それからウチの芝居を観に来てくれるようになって、ウチのメンバーもライブに行くようになって。で、飲みながら『茜色の窓から』で芝居を作りたいって話をしたら「じゃあ作ってよ」ってことになり、「じゃあ生で歌ってよ」っていうことになり、それから作る事になりました。 |
| 濱崎 | 『茜色の窓から』初演はいつでしたか? |
| 本田 | えーっと、2005年3月ですね。 |
| 濱崎 | 東京公演は青山円形劇場でしたけど、舞台を観客が囲む形の。今回は宮崎県立劇場イベントホールでそういう舞台が組めるということで、これはいいなと。 |
| 本田 | ぜひそれでやってみたいですね。 |
| 濱崎 | 舞台と客席、って分かれてたら世界が違ってくるから。だから今回とてもおもしろい芝居がみなさん観れるんじゃないかしら。アルケミストとの偶然もすごいですよね。 |
| 本田 | 出会いが今回すべてつながってる感じがします。 |
| 濱崎 | 確か30歳の男女という設定ですよね。それは当時ちょうど本田さん達が30歳くらいだったから? |
| 本田 | そうです。宮崎の演劇界に新鮮な風を吹かせたい。 |
| 濱崎 | 最後になりますが、『茜色の窓から』宮崎版に対する意気込みなどお聞かせ下さい。 |
| 本田 | 出演者の年齢設定は30代なんですけど、同年代の人だけでなく、若い子からおじいちゃんおばあちゃんまで幅広い年齢層で楽しめる作品にしたいと思っています。そして宮崎の役者さんでは今まで見た事ないような、「あれ?あの人こういうお芝居も出来るんだ」というようなものを引き出して、『みやざき演劇祭2007』で宮崎の演劇界に新たな風を吹き込みたい…って自分に思いっきりプレッシャーかけてしまってますね(笑)でもホント、東国原知事のように、新鮮な風を吹かせたいですね。 |
| 濱崎 | すごく楽しみにしてますので、みんなで応援して、みんなで盛り上げて、いい作品作ってもらいたいと思います。よろしくお願いします。 |
| 本田 | よろしくお願いします! |
■本田誠人 (ほんだまこと) 1974年生 延岡市出身。
舞台芸術学院を卒業後、ペテカンを旗揚げ。役者のみならず、作・演出も手掛ける。選曲・フライヤデザイン・イラストレーター・CMディレクターとマルチに劇団の世界を生みだしている。役者としても「ダウンタウンの全九州お笑い選手権」でグランプリを取る過去を持ち、独自の笑いのセンスは特出している。
本田誠人の「まがなすきがな」
http://blog.livedoor.jp/m_1974_honda/
所属プロダクション「クリオネ」
http://www.clioneinc.com/index2.html